鬱気者沙門、魂の居場所は

鬱の事とか鬱の日常とか

ニンニク料理

対人面での不安からここ何年もニンニク料理をできるだけ控えてきたのだが、考えてみたら休職中なので誰にも会わないじゃないか。

 

家族とも絶賛断絶中だし。

 

というわけで、数年ぶりにガツンとニンニク料理を食べてみた。

 

すき家の「にんにく白髪ネギ牛丼」である。

 

本家サイトより拝借

www.sukiya.jp

 

ゴロっとしたニンニクを噛みしめて「あぁ、こういう味だった」と懐かしんだ。

 

次はニンニク強めの餃子に挑戦しようか、ニンニクマシマシのラーメンにしようか。

 

 

 

カウンセリングではない

月に一度心療内科に通い、薬を処方して貰っている。

 

その際、この1ヶ月に有った事、どのような時にどのような症状が出て気分の変化はどのようなものだったか、等を手帳のメモを頼りに主治医に語る。

 

10分にも満たない時間なのだが、普段このような事を話す機会がない上に自宅でもほぼ無言で過ごしているので、結構一生懸命になる。

 

主治医は話の内容には全くリアクションを見せず、最後に

 

「ではお薬を増やしましょう」

 

と仰る。

 

そこでハッと気づいた。

 

一生懸命話したところでカウンセリングではないのだから、何の反応も無いよね。(むしろ反応しちゃダメそう)

 

何かしらのリアクションなり同意なりを無意識に求めていた自分に気付き恥ずかしくなった。

 

 

 

 

新しい学習

先日書いた「新しいこと…」で書き忘れていたのだが、

 

soulofsyamon.hatenablog.jp

 

そういえば、「休職で暇になるから」とAWSの資格試験の本とかも買っていた。

 

まぁ、頭に入らない。(想定内)

 

鬱になって物忘れが多くなり集中力も無くなってきたこともあってか、全く覚えられない。

 

先ほど鬱症状等をググっていたら、上記のように「休職で暇だから」と新しい学習を始めては挫折して、より自己嫌悪に陥るというのは、鬱あるあるのようだ。(苦笑)

 

もう少し事前に調べておけば、先人の失敗から学べたものを…。

 



 

 

 

離婚

妻から「子供の扶養を自分に切り替える」とLINEがきた。

 

うん、離婚決定だね。

 

扶養の切り替えについては勿論異論はない。

 

これから色々な手続きを今回同様に事務的に行っていくことになるだろう。

 

鬱を理解できない、理解しようとしない人にとって家族が鬱病患者であることのストレスはかなりのもので耐えられないのであろう。

 

鬱を理解できない、理解しようとしない人が家族である鬱病患者は、誇張抜きで生命の危険が間近にあるので、これまた耐えられない。

 

当然の帰結と言うべきか。

 

子供にだけは本当に申し訳ない気持ちだ。

 

 

 

 

 

新しいことを続けること

休職で暇になるだろうから、と色々新しいことを始めてみたのだが、まぁ続かない。(想定内)

 

10分くらいの健康体操、20分くらいのダイエット体操、ストレス収束のための瞑想、どれも続かない。

 

元々何かを続ける事が苦手な性分ではあったのだが、時間があるのにやらないできない、そしてそんな自分を嫌悪するというね…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜日感覚

休職して1ヶ月余。

 

体に染みついていた曜日感覚が無くなってきた。

 

これまでは何となくでも、今日は何曜日で明日は何曜日、ということが判っていてそれにともなう行動(主にゴミ出し)ができていたのが、いまは一瞬考えないと何曜日かが判らない。

 

リタイアした人が呆けていく感覚って、こういうところから始まるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

1日1タスク

未だに1日にタスクというか予定を2つ以上入れるのに心理的抵抗がある。

 

2つ目のタスクについて考えると、気持ちが鉛のように重くなり胸の中にある沼地に沈んでいくような感覚だ。

 

実際に1つタスクを終えると、心身が次に動き出せるようになるまで物凄く時間がかかる。

(1つのタスクでさえ、休み休みじゃないとできなし)

 

普通の生活を送るには気力がまだまだ足りていないのだろう。

 

社会復帰は遠い。